「サムの息子法」と我が国における導入の可否
2015/06/18
こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。
いわゆる神戸連続児童殺傷事件の加害者である通称「少年A」が,現在の心境や,当時の精神状態などについてつづった手記『絶歌』(太田出版)が発売され,世間を賑わしています。とくに,問題視されているのが,犯罪者が自らの罪を商業的に利用している点であり,数千万円にもなる可能性があるといわれている印税の行方です。
現在の日本の法律では,多額の印税収入を通称「少年A」が得ることとなります。版元である太田出版は印税について,「通常の出版物なので今後,著者である彼(注:通称「少年A」のこと)に印税は支払う。それをどうするかは本人次第で,当社が口を出すことではない。だが,遺族の方に経済的にも一生責任を負っていきたいと本人が思っていることは確かだ」
とコメントしています。
この『絶歌』出版問題で注目されている法律があります。それは「サムの息子法」と呼ばれるニューヨーク州の法律です。
そこで,今回は,「サムの息子法」と我が国における導入の可否について,解説してみます。
1 「サムの息子法」の内容
この法の目的は,「犯罪活動の結果として直接取得した金銭を押収すること」です。すなわち,①犯罪者が自らの事件を商業的に利用して得た金銭を奪うことにより,犯罪の収益性を除去するため,また,②犯罪者が自分の罪の悪評を活用できないようにするために作られています。多くの場合,遺族など被害者側の申立てにより,書籍出版や映画化などから得た収入は犯罪被害者への補償に充てられます。
この法が制定された背景は,1976年,大手出版社がニューヨークで起きた連続殺人事件の犯人に手記を書かせて売ろうとしたことがきっかけでした。
その後,1984年に連邦レベルでも犯罪被害者法が制定され,出版による収益だけでなく,没収された保釈金や犯人の差押財産も基金として遺族や被害者のために分配される仕組みができました。
上記目的で制定された「サムの息子法」ですが,批判もあります。①法律が表現行為を規制することによって,犯罪加害者が自らの犯罪について書き残す経済的動機を奪ってしまい,事件の真相が分からなくなり,結果として公共の利益が損なわれる,②出版の自由を定めた米国合衆国憲法に抵触する,といったものです。実際,米国連邦最高裁は1991年,ニューヨーク州の法律を「適用される範囲が広すぎる」などとして違憲判決を下しています。
その結果,ニューヨーク州やカリフォルニア州では米国合衆国憲法に抵触しない形での法改正を余儀なくされたという経緯もあります。
2 我が国においても「サムの息子法」を導入できるか?
このような「サムの息子法」ですが,我が国でも導入することは憲法上可能でしょうか。
導入するとして,最大の難関となるのが,日本国憲法第21条が保障する「出版」,「表現の自由」との関係です。
この点,憲法が保障する表現の自由により,たとえ犯罪加害者による事件に関する出版であっても,原則として,公権力は制限することはできません。
もっとも,他人のプライバシー侵害や名誉毀損を伴うものは,例外的に差止めが認められるべき場合があります。よって,いかなる場合も表現行為を絶対的に抑制できないわけではありません。
思うに,犯罪加害者による出版であることだけを理由として,事件関係の出版を一律に禁止する法律は,規制範囲が広範になりすぎるため,憲法違反のおそれがあります。
しかし,「サムの息子法」と同様,出版行為自体は認めたうえで,印税など犯罪加害者が出版により得る収益を没収するという内容であれば,出版・表現の自由を侵害しないという余地はあると思います。
さらに,憲法上は,犯罪加害者の収益を没収することによる財産権(日本国憲法第29条第1項)侵害についても問題となります。
たとえば,出版行為自体は認めたとしても,収益没収を「全額」とすれば,違憲の疑いが強いと思います。ただ,割合次第(かなり高度な政策判断を余儀なくされるでしょう。)では,違憲の疑いを回避することは一般論としては可能であると思います。
犯罪被害者保護の重要性がようやく認知されてきている昨今,今後議論を深めていく価値はあると思います。
ただ,かりに日本版「サムの息子法」を制定したとして,一般化できるほどのケースが今後現れるかについては,かなり疑問があります。
「見ない。買わない」という不買活動という視点もあるように思います(私見)。
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