弁護士 濵門俊也
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歌の歌詞と著作権侵害ー東京地判平成20年12月26日を振り返る

歌の歌詞と著作権侵害ー東京地判平成20年12月26日を振り返る

2015/12/14

こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。

 

 長崎県佐世保市出身の歌手・Tさんの5月発売の『ぬくもり』という曲が,国民的人気バンドMCの1992年のヒット曲『抱きしめたい』の歌詞に酷似していると指摘され,CDの出荷停止,自主回収に発展した問題が報道されています。

 『抱きしめたい』と『ぬくもり』の歌詞は「出会った日と同じように」と始まり,途中の「目を閉じれば 浮かんでくる あの日のままの二人」など多くの部分が一字一句同じで,同じような順番でつづられています。MCの「霧雨けむる 静かな夜」という箇所が,「霧雨の降る かがやく夜」となっているなど類似表現も多いです。

 CDの発売元が「著作権侵害に相当するものと判断」との認識を示し、商品の回収を決定したことを発表しましたが賢明な判断であったと思います。

 

 『ぬくもり』を作詞したのはTさんではなく作詞家のSさんであったようですが,Sさんは『抱きしめたい』を知らなかったそうです。

 歌の歌詞に用いられた表現が著作権を侵害しているのではないかという問題はしばしば起きます。比較的最近では,日本を代表するシンガーソングライターMNさんと人気漫画家MRさんとの間で訴訟沙汰となった事案がありました(第一審:東京地判平成20年12月26日,控訴審:和解成立により終結)。

 

 以下,東京地判平成20年12月26日(裁判所HPにおいてPDFファイルを閲覧できます。頁数は229頁もあります。)について,説明をしていきます。

 

●事案

MNさん作詞『約束の場所』の歌詞が,MRさんの漫画の台詞の著作権を侵害しているかどうかが争点となった事案

 

原告表現:「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」

 

被告表現:「時間は夢を裏切らない,夢も時間を裏切ってはならない。」

 

●結論

請求一部認容

●争点

条文 民法709条,723条,著作権法21条

1 著作権侵害,著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求権の不存在の確認の訴えの利益の有無

2 名誉毀損の成否

①本件被告録画発言について,被告は,情報提供者にすぎないとして,不法行為責任を負わないか

②本件被告発言は,原告の名誉を毀損するか

③本件被告発言は,事実を摘示するものか,あるいは,意見ないし論評の表明に当たるか

④本件被告発言が事実を摘示するものである場合,その摘示事実の重要な部分につき真実であることの証明があるか

⑤本件被告発言が意見ないし論評の表明に当たる場合,その前提事実の重要な部分につき真実であることの証明があるか,意見ないし論評としての域を逸脱していないか

⑥本件被告発言が摘示した事実の重要な部分が真実であると信じる相当の理由が存在するか

⑦被告の名誉毀損行為によって原告が被った損害の額

⑧謝罪広告の要否及びその内容

 

●判決内容

<争点>

1 著作権侵害,著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求権の不存在の確認の訴えの利益の有無

 MNさんは,MRさんがMNさんに対して著作権侵害,著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求権を有していないことの確認を求めていました。

 しかし,MRさんが,弁論準備手続期日において上記各請求権を放棄する旨の意思表示(債務免除の意思表示)をしたことから,MNさんが,将来,MRさんから上記各請求権を行使されるおそれは存在しないとして,東京地判は不存在の確認の訴えの利益がないと判断し,著作権にかかわる争点については不適法な訴えとして却下しています(161頁)。

 

2 名誉毀損の成否

 MRさんの発言自体がMNさんの名誉を毀損するかどうかの争点について,東京地判はMRさんの名誉毀損行為を認めました

 テレビ番組でのMRさんの発言について,一般視聴者は,MNさんがMRさんの表現に依拠してMRさんの表現と似たフレーズを作ったという印象を抱くものであると認定し,東京地判は,MRさんの発言がMNさんの名誉を毀損したと判断しています(171頁以下)。

 MRさんの発言自体が名誉毀損に当たると判断したうえで,続いて違法性阻却の成否を検討していますが,この点について,東京地判は否定しました(193頁以下)。

 さらに,MRさんの発言が摘示した事実の重要な部分が真実であると信じる相当の理由が存在するかどうかというの点について,相当の理由があったとはいえないと判断しました(218頁以下)。

 結論として,慰謝料200万円と弁護士費用20万円が損害額として認定されました。ただし,謝罪広告は認めませんでした(220頁以下)。

 ところで,名誉毀損の成否の争点のなかでMRさんは,MNさんの歌詞とMRさんの台詞の酷似性を根拠に,MNさんがMRさんの表現に依拠しなければこうした歌詞は作成できないとして,依拠作成の事実について,摘示事実の重要な部分について真実であることの証明を試みています(210頁以下)。

 この部分について,東京地判は,

(1)MRさんの表現へのアクセスの容易性について

 漫画本や経済雑誌,CD-ROM,書籍,大学のホームページなどにMRさんのフレーズが掲載されていましたが,

・MNさんがそれらに接したとする直接の証拠はない

・これらの媒体の読者はかなり限定されている

・被告表現は,非常に短い文章であり,他の文章と区別して認識するのが困難な場合もある

として,MNさんが,MRさんのフレーズに接したものと推認することはできないと判断しました。

(2)MNさんのフレーズとMRさんのフレーズの類似性について

 MRさんは,MNさんの歌詞が,依拠しなければ創作できないほどにMRさんの台詞に酷似していると主張していることから,この点について検討しています(214頁以下)。

まず,共通点について,

「確かに,被告表現と原告表現とは,『時間』,『夢』の一方を主語に,他方を目的語とし,『裏切らない』という動詞を使用している点,第1文と第2文で,主語と目的語を入れ替えて,反復させている点で共通しており,上記共通部分は,両表現の特徴的な部分であるといえる。特に,被告表現及び原告表現において,『夢』や『時間』といった抽象的な言葉を主語及び目的とし,それらを入れ替えた2つの文章が,いずれも意味が通じるようになっており,この両表現の共通点は,ありふれたものとはいえず,大きな特徴があるといえる。」

としたうえで,相違点について,

「しかしながら,被告表現第2文においては,『裏切ってはならない』となっているのに対し,原告表現第2文においては,『決して裏切らない』となっており,この表現上の相違から受ける印象は相当程度異なる。つまり,『裏切ってはならない』と命令形の文章とすると,裏切ることが少なからずあるが,すなわち,実際には,努力しても夢が叶わないことが少なからずあるが,そのようなことはあってはならないという願望を表しているものと,通常,理解されるのに対し,『決して裏切らない』と断定した形の文章とすると,裏切ることはないこと,すなわち,努力すれば夢は必ず叶うことを表現しているものと,通常,理解されるのであって,両表現から観念される意味合いは相当異なるというべきである。」

さらに,

「また,被告表現及び原告表現とも相当短い文章であり,このように短い文章においては,『裏切ってはならない』と『決して裏切らない』という相違は,必ずしも小さなものではない。むしろ,被告表現第2文が,『裏切ってはならない』という表現となっている点も,被告表現の特徴的な部分であるといえ,このような特徴的な部分を原告表現が有していないこと,上記・のとおり,両表現から受ける意味合いが相当異なることからすると,両表現の相違は大きいということができる。」

と判断しました。

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