担当弁護人のコメントに対する違和感ーー若手俳優の事件について
2016/09/10
こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。
昨日平成28年9月9日,強姦致傷の被疑事実で逮捕・勾留されていた若手俳優・TYさん(以下「加害者とされた男性」といいます。)が不起訴処分(公訴を提起しないという終局処分です。)となり,群馬県警察前橋警察署から釈放されました。この件に関し,担当した弁護人弁護士が報道各社にFAXで事件についての声明を発表いたしました。
当職もFAXの内容を拝見したのですが,何となく違和感を覚えました。また,FAXの内容のなかには,一般の方には馴染みにくい話も出ていましたので,今回は,当職の違和感と内容の解説を行ってみます。
●そもそもの違和感
本件のような性的犯罪については,弁護士は加害者側も被害者側も代理人や弁護人として活動します。また,被害者にはセカンドレイプ等に遭わないような配慮をするのが通常です。担当弁護人は,加害者とされた男性が名誉回復し,できるだけ早期に社会復帰できる環境を整える意図があったのかもしれませんが,少なくとも当職は,被害者とされた女性のことを思うと,コメントはしないという選択をいたします(異論はあると思いますが)。
加害者とされた男性が不起訴処分及び釈放とされた最大のポイントは,被害者とされた女性との間に示談が成立したことです。ただ,示談が成立したということは,被疑事実を認めた(自白した)ことを前提とするのが通常なのですが(少なくともこれまでのニュース報道では自白していたはずです。),その後で,「仮に,起訴されて裁判になっていれば,無罪主張をしたと思われた事件であります。」と主張するのはあまりありません。
そもそも,捜査段階において,捜査機関には事実認定権はありません。担当弁護人も「私どもは(加害者とされた男性)の話は繰り返し聞いていますが,他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので,事実関係を解明することはできておりません」と述べていますが,事実認定はあくまでも起訴後裁判所が行うものなのです。
とくに問題であると思うのは,本件のような事案であれば,事案の性質上,被害者とされた側からの反論可能性はなく,加害者とされた男性側からの一方的な発表となってしまうという点です。といいますのは,不起訴処分にした検察側から事実関係が語られることはまずあり得ませんし(おそらく「察してくれ」という程度でしょう。),被害者とされた女性も沈黙することが明らかである(セカンドレイプの問題もあります。)からです。そもそも,被害者とされた女性がコメントを発表することに対し承諾していたのか,知っていたのかも分かりません。もし,被害者とされた側からの反論可能性がないことを踏まえたうえで,FAXによる説明を行ったとすれば,担当弁護人は相当な戦略家といえます(担当弁護人は「無罪請負人」で知られる著名な弁護士事務所の所属弁護士でありますから,十分考えられます。)。
●事実関係に関するコメント
担当弁護人は,不起訴処分及び釈放に至ったのは,示談成立が考慮されたのが事実としながら,「悪質性が低いとか,犯罪の成立が疑わしいなどの事情ない限り,起訴は免れません。お金を払えば勘弁してもらえるなどという簡単なものではありません」と述べています。本件のような性的犯罪に対しては,捜査機関もかなり厳しい対応をとるのが一般的なので,そのこと自体に異論はありません。ただ,FAXの文脈からは,本件は悪質性が低く,犯罪の成立も疑わしく,(示談で支払った)お金のせいでもないと主張しているのと同義ではないかとの疑念が出てきます。ニュース報道で知る情報でしかありませんが,加害者とされた男性は被疑事実を認めていたといいます。被害者とされた女性はこのFAXをどのような感情で読んだのでしょうか。心中察するに余りあります(声明を発表することも含めたうえでの示談かもしれませんが)。
また,担当弁護人は,「知り得た事実関係に照らせば,加害者とされる男性の方では(姦淫行為に対し)合意があるものと思っていた可能性が高く,少なくとも,逮捕時報道にあるような,電話で『部屋に歯ブラシを持ってきて』と呼びつけていきなり引きずり込んだ,などという事実はなかったと考えております。つまり,先ほど述べたような,違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし,仮に,起訴されて裁判になっていれば,無罪主張をしたと思われた事件であります。以上のこともあり,不起訴という結論に至ったと考えております。」と述べています。
これはあくまでも加害者とされた男性側の主張にすぎません。実際の裁判においては,客観的証拠に加え,加害者とされた男性の「合意があると思っていた」認識と,被害者とされた女性の供述(証言)を突き合わせたうえで,「事実」を認定します。「裁判になっていれば無罪主張をしたと思われた」というのですが,捜査段階において,加害者とされた男性は犯罪事実に関する供述調書を一通も署名・指印していないのでしょうか。この箇所は少ししゃべりすぎの印象を受けます。
一般の方が理解しにくい部分は,「一般論として,当初は,同意のもとに性行為が始まっても,強姦になる場合があります。すなわち,途中で,女性の方が拒否した場合に,その後の態様によっては強姦罪になる場合もあります。このような場合には,男性の方に,女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ,故意がないので犯罪にはなりません。」とのコメントではないでしょうか。
この箇所は,刑法を学習していないとなかなか腑に落ちないと思います。ここで,担当弁護人が言いたいのは,つぎのとおりです。
まず,女性が拒否するということは姦淫行為に対して承諾を与えていないということです。そうすると,無理やり姦淫行為に及んだこととなり,客観的には強姦罪の構成要件に該当することとなります。ただ,男性の方は,女性は姦淫行為に対して承諾していると勘違い(錯誤に陥っているといいます。)しているため,そもそも悪いこと(強姦という犯罪行為)をしているという意思がないこととなります。すなわち,主観的に男性には強姦罪という犯罪を行う意思(故意)がないこととされます。よって,強姦罪の構成要件に該当せず犯罪が成立しないこととされるのです。担当弁護人はこのことを述べているのです(いわゆる「和姦」の主張です。)。
まぁ一般論としての理屈はそうなのですが,実際の裁判において和姦の主張が通ることはめったにありません(当職もほとんど負けています。)。
●被害者とされた女性に関するコメント
冒頭でも述べましたとおり,当職であれば,コメントは発しません。今後,報道が過熱すれば,被害者とされた女性は探られたくない腹を探られる思いになることは必至です。
被害者とされた女性の側からすれば,とくにこれだけ注目され,報道されている事件に関して,長い裁判に付き合い,そして闘っていくことは,心身ともに疲弊することとなるでしょう。また時間も労力も多大な犠牲を要求されます。
示談の経緯については,当職はコメントできる立場ではありませんが,たとえ加害者とされた男性を許していなかったとしても,示談を選択する事情は,心情として十分理解できますし,その選択もまた非難されるべきではないと思います。
本件の事実関係は,一旦藪の中に消えました。今後明らかとなる機会がなくなったからです(もちろん,まったくなくなったわけではありません。)。ただ,被害者とされた女性には自分を責めることはしないでいただきたいと思います。
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弁護士 濵門俊也
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