日本国憲法公布70年と佐藤功著『憲法と君たち』
2016/11/04
こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。
昨日は,「文化の日」でしたが,日本国憲法公布70年の佳節でもありました。そして,日本国憲法公布70年の今秋,一冊の本が復刻出版されました。
タイトルは,『復刻新装版 憲法と君たち』(時事通信社刊)。著者は,著名な憲法学者である佐藤功先生(1915-2006)です。気鋭の憲法学者である木村草太首都大学東京教授(木村先生はようやく教授になられたのですね。この本で知りました。)の詳しい解説が付いています。
佐藤功先生は,新たな憲法をつくる「憲法問題調査委員会」の補助員や内閣法制局参事官として日本国憲法の制定にかかわった「憲法の生みの親」の1人ともいえる先生です。発刊は60年以上前ですが,「君たちひとりびとりにお話をするつもりでこの本を書きました」とあるように,この本の中で,佐藤功先生は子どもたちに憲法の原理と精神をやさしく,語りかけるように解説しています。
前半は歴史の読み物のようでもあります。マグナ・カルタ,アメリカの独立宣言,フランス革命,リンカーン…。平和主義,民主主義,人権尊重といった近代憲法の三つの理想が闘いの中で勝ち取られたことを説明しています。
そして,「生みの親」は日本国憲法の成り立ちについて説いていきます。
「この今の憲法が…日本が新しい国として生まれかわるために,新しい理想をはっきり定めようとしてつくられたものだということはわすれてはならない」
「もしもマッカーサー元帥が,こういう憲法をつくれということを命じなかったとしても,二どと戦争をくり返さず,国民の考えに反した政治がおこなわれず,また国民の自由がおさえつけられない,そういう新しい国として生まれかわるというために,今の憲法のような憲法がどうしてもつくられなければならなかったのだ」
基本的人権,民主主義についてはこれまで日本が世界から後れていて,日本国憲法で追い付いたと説明した後,佐藤功先生の言葉には力がこもります。「だけど,平和だけはちがう。戦争放棄の点だけはちがう。それはほかの国ぐにはまだしていないことなのだ。それを日本がやろうというわけだ」
佐藤功先生は,終戦直後の停電の中,短い,そして暗いろうそくの下でペーパーを書いたそうです。「それにもかかわらず当時の私は,新しい憲法の精神や原則によって鼓舞され,そして非常にやりがいを感じた…」と後に記しておられます。
●『憲法と君たち』の予見と現在との符合
佐藤功先生が,『憲法と君たち』を書かれた昭和30年(1955年)は,自由民主党が結成された年です。
日本国憲法公布から4年後の昭和25年(1950年),朝鮮戦争が勃発。わが国も再軍備の是非が論じられ,結果,警察予備隊が発足しました。昭和27年(1952年)には,日本国憲法施行の年に発行された文部省中等科教材「あたらしい憲法のはなし」の発行が停止になったのです。
東西冷戦が朝鮮半島で「熱い戦争」となり,冷戦の陣営の対立は厳しさを増し,わが国では改憲を求める声が強まっていました。当時は連合国軍総司令部(GHQ)の「押し付け」でなく自主憲法を制定すべきだとの改憲派と護憲派の緊張関係が高まっていたのです。「自主憲法制定」を党是とする自由民主党もそのような背景のなか結党されました。
佐藤功先生が,日本国憲法が空洞化してしまうのではないかとの強い危機感をもっておられたことが推測されます。
上記の状況は,決して過去のものではありません。東西冷戦構造こそなくなりましたが,わが国を取り巻く環境は極めて抜き差しならないものとなっています。戦争のかたちも「テロとの戦い」にシフトし,本来「ランドパワー」の大国が「シーパワー」まで手に入れんとする状況もあります。
第4章「憲法を守るということ」の記述は,未来を予見しているともいえるものですが,何か現在の状況と不思議な符合がみられるように思います。
「多数決というやり方も,絶対に正しいやり方だとはいえなくなる」。少数の意見の方が正しいこともある。多数党が,少数党の意見を聴かずに数で押し切るのは,形の上では議会政治だが昔の専制政治と同じだ,として「決をとるまでの議論」の大切さを説きます。
「憲法を守らなければならないはずの国会や内閣が,かえって憲法をやぶろうとすることがある。事情がかわったということで,憲法がやぶられようとする場あいがある。また,へりくつをつけて,憲法がつくられたときとは別のように憲法が解釈され,むりやりにねじまげて憲法が動かされるということがあるわけだ」
では誰が憲法を守らせるのか。佐藤功先生は巻末で60年前の子どもたちに「よかったら君たちも声をあげて読んでくれたまえ」と前置きして一つの言葉を残しています。
「憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る」
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