強制わいせつ罪の成立要件をめぐる47年ぶりの判例変更
2017/12/15
こんにちは。日本橋人形町の弁護士濵門俊也(はまかど・としや)です。
最高裁大法廷は,平成29年11月29日,強制わいせつ罪の成立要件について,性的意図を一律に求めていた47年前の最高裁判例(最判昭和45年1月29日刑集24巻1号1頁。以下「昭和45年判例」といいます。)を変更しました。司法試験の受験時代から違和感のあった判例が変更されることとなり,結論は妥当だと思います。ただ,公表されている判決文をよく読みますと,単純に性的意図不要説を採用したとは言い難い表現もあるように思います。
今回は,判決理由等に言及しつつ,今後の実務への影響を考えてみましょう。
●判例変更に至る経緯
今回の事案は,被告人が,知人から借金をする条件として,その要求に従い,7歳の被害者女子児童に対し,自宅で自己の陰茎を口にくわえさせるなど,性的虐待を加えたうえで,その状況をスマートフォンで撮影し,知人に送信したというものです(よって,児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反の罪(本件では,児童ポルノ製造・提供罪です。)にも問われています。)。
この点,昭和45年判例では,強制わいせつ罪の成立要件について,行為の性質や内容にかかわらず,犯人の性的意図を要するという一律必要説が妥当であるとされていました(ただし,小法廷のうち3対2という僅差であったようです。)。
事案は,被害者女性の手引で内妻が逃げたと信じた男が,報復のためにその女性を脅して裸にさせ,写真撮影したというものでしたが,男に性的意図が認められないことから,強制わいせつ罪は成立しないと判断したわけです(もちろん,強要罪は成立し得ます。)。
他方,昭和45年判例を前提としつつも,その後,これまで今回のような事案と同種のケースが起訴されますと,裁判所は,たとえ被告人が性的意図を否認していたとしても,犯行の内容や状況などから性的意図があったと認定してきました。
今回の事案でも,当初,検察側はその旨の主張をしていたようです。
しかし,第一審は,証拠上,被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残ると判断しました。これにより,にわかにざわつき始めるわけです。
もし必要説に立てば強制わいせつ罪は無罪となる一方,不要説に立てば有罪となります(どちらも児童ポルノ製造・提供罪では有罪となります。)。
これに対し,第一審,控訴審とも昭和45年判例を否定し,つぎのような明確な不要説に立ち,有罪としたうえで,児童ポルノ製造罪などとあわせ,被告人を懲役3年6月の実刑判決を下しました。
「強制わいせつ罪の保護法益は,被害者の性的自由と解されるところ,行為者の性的意図の有無によって,被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない」
「行為者の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく,同罪の成立にこのような特別の主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しない」
「客観的にわいせつな行為がなされ,行為者がそのような行為をしていることを認識していれば,同罪が成立する」
これを受け,判例違反などを理由として弁護側が上告していたところ,最高裁大法廷は47年ぶりの判例変更を行い,上告を棄却したという次第です。
●処罰対象を適切に決することができなくなった昭和45年判例
その理由として,まず最高裁大法廷は,おおむねつぎのように述べ,昭和45年判例の問題点を指摘しました。
① 強制わいせつ罪が成立するか,法定刑の軽い強要罪等が成立するにとどまるのか,性的意図の有無によって結論を異にすべき理由を明らかにしていない。
② 強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明もない。
そのうえで,最高裁大法廷は,おおむねつぎのような理由を挙げ,「今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべき」とし,47年前の社会情勢などを前提とした昭和45年判例はもはや維持し難いとしました。
① 元来,性的な被害に係る犯罪規定やその解釈は,社会の受け止め方を踏まえなければ,その処罰対象を適切に決することができないという特質がある。
② 昭和45年以降,その時代の各国における性的被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応し,各国の実情に応じて犯罪規定の改正が行われてきた。
③ わが国でも,性的被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映し,平成16年の刑法改正で強制わいせつ罪や強姦罪の法定刑を引き上げ,平成29年の刑法改正でも強制性交等罪を新設,法定刑を更に引き上げ,監護者わいせつ罪や監護者性交等罪を新設するなどしている(筆者注:法改正の流れを追ってしまったため,平成29年改正に言及しただけだとは思いますが,行為後の事情で解釈変更されたような印象を与えかねないので,少し表現の配慮が必要であったと思います。)。
たしかに,もし現時点で被告人が同じ行為に及べば,強制わいせつ罪ではなく,強姦罪改め「強制性交等罪」が成立し,懲役5年以上の重い刑罰が科されます。
改正により,膣内挿入のみならず,肛門内や口腔内への陰茎挿入も強制性交等罪で処罰されることになったからです。
児童に対する性的虐待を児童ポルノ製造・提供罪で有罪とするにとどめ,強制わいせつ罪について無罪放免とすることは被害の実態からかけ離れていますし,到底許しがたいものです。昭和45年判例を否定してまでも,何とかそれを併せて処罰したいという裁判所の価値判断が強く働いたのかもしれません。
●「わいせつな行為」に当たるか否かの判断
ただ,最高裁大法廷は,「個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い」とし,つぎのような理由を述べています。
① 刑法176条にいう「わいせつな行為」と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められ,直ちに「わいせつな行為」と評価できるものと,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが「わいせつな行為」として処罰に値すると評価すべきではない。
② いかなる行為に性的な意味があり,処罰に値する行為とみるべきかは,その時代の性的被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄である。
③ 「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ない。
●判例変更による場合分け
今回の判例変更によって,強制わいせつ罪の成否を検討する際,つぎのような場合分けをすべきいう立場が採用されているといえるでしょう。
(ア) 行為そのものが持つ性的性質が明確で,当然に性的な意味があると認められ,直ちに「わいせつな行為」と評価でき,強制わいせつ罪による処罰に値するケース
→性的意図不要(検討も不要)
(イ) (ア)同様に直ちに「わいせつな行為」と評価できるが,強制わいせつ罪による処罰に値するか否か微妙なケース
→性的意図の有無を考慮
(ウ) 行為そのものが持つ性的性質が不明確で,行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ性的な意味があるかどうかが評価し難いケース
→性的意図の有無を考慮
●今後の実務への影響
昭和45年判例で検討された報復目的の事案は,先に触れたように被害女性を裸にさせて写真撮影したというものであり,上記(ア)に当たるといえるでしょう。
また,少なくとも自己の陰茎を触らせたり,被害者の胸や臀部,陰部を触ったり,キスをしたり,膣内や肛門内に指や異物を挿入したり,裸にして胸や臀部,陰部を露出させるといった場合には,基本的に上記(ア)に当たると評価されると思われます。
問題は,上記(ア)と上記(イ)との区別となりますが,最高裁大法廷はその判断基準を示していません。結局,ケースバイケースということになるでしょう。
また,実際に立件・起訴される例としては少ないものの,上記(ウ)に当たるものとしてどのような事案があり得るのかという点も問題となります。
たとえば,医師による医療的措置は,上記(ウ)の領域で検討され,強制わいせつ罪に当たらないと評価することが考えられます。
特殊な行為に対して性的興奮を覚える性癖を持つケース,例えば0歳~5歳程度の乳幼児に対する性愛者などについても,上記(ウ)に当たり,性的意図があるということで,強制わいせつ罪として処罰されるということになるかもしれません。
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