財産開示制度の拡充と新制度(民事執行法の改正)
2020/03/13
こんにちは。日本橋人形町の弁護士・濵門俊也(はまかど・としや)です。
ここ最近,令和2年4月1日施行の改正法(主に民法)の解説をしておりますが,これまた実務上重要な改正法が施行されることを説明したいと思います。それは,民事執行法の改正です。
●債権回収は難しい…
友人にお金を貸したんだけど,返してくれない…。
養育費を取り決めたのに支払ってくれない…。
このような場合,どうすればいいのか困る場面は多いと思います。この手の相談も後を絶えません。
話合いで解決できない場合,裁判所に対し訴訟を提起したり,調停・審判を申し立てたりして,「●●円を支払え」という内容の判決や審判を下してもらうという手続があります。この手続のお手伝いをさせていただくことが多いです。
ただ,請求が認容された判決書や審判書を得れば,お金を貸した相手(お金を借りた人)や養育費を支払う義務のある人が,皆必ずお金を返したり,支払ってくれたりするのかといえば,残念ながら,そうではない人もいます(とくに,養育費未払い問題は深刻な社会問題です。)。
それでは,上記判決書や審判書を得る必要性はどこにあるのでしょうか?
それは,「強制執行ができる紙切れ(これを「債務名義」といいます。)を獲得する」という点です。
●強制執行とは?
それでは,強制執行とは何でしょうか?
強制執行とは,お金を貸した人(債権者)の申立てによって,裁判所がお金を返済しない人(債務者)の財産を差し押さえてお金に換えたり(換価),債権者に分配したりする(配当)などして,債権者に債権を回収させる手続です。
債権者は,上記判決書や審判書といった債務名義を得れば,強制執行の申立てをすることによって,お金を返済せず,支払わない人に対して,強制的にその財産から自分の債権の回収を図れることとなるのです。
ただし,つぎのハードルがあります。すなわち,強制執行をするためには,
「債務者所有の●●所在の土地(実際には,「物件目録」等の目録を末尾に添付して不動産の特定をするのが通常です。)に対する強制競売手続の開始を求める。」
「債務者の▲▲銀行▼▼支店に対する預金債権(こちらも「差押債権目録」等の目録を添付して特定します。)の差押命令を求める。」
「債務者の■■株式会社に対する給料債権(こちらも「差押債権目録」等の目録を添付して特定します。)の差押命令を求める。」
というように,相手方債務者の財産の具体的な内容を明らかにしたうえで申立てをしなければならないのです。
しかし,相手方債務者が有している財産の具体的な内容など知らないということの方が通常です。
このように,債務名義を得ても,強制執行ができないことから,泣き寝入りをするしかないというケースも多くありました。
このような事態をできる限り防ぐために,令和元年5月10日に改正民事執行法が成立し(同月17日に公布され,いよいよ令和2年4月1日に施行されるのです。),以下のように,債務者の財産の内容を明らかにすることについて,元々存在した制度が拡充されるとともに,新しい制度が設けられました。
●改正民事執行法により拡充された制度(財産開示制度)
① 財産開示手続の拡充(改正民事執行法196条以下)
平成15年(2003年)の民事執行法改正により,「財産開示手続」という制度が新設されました。
この財産開示手続は,強制執行をしても完全な債権の回収ができなかった場合や,できる限りの調査をしても債務者にめぼしい財産がなかった場合等に,執行力のある債務名義の正本(ただし,仮執行の宣言を付した判決,仮執行の宣言を付した損害賠償命令,確定判決と同一の効力を有する支払督促等は除かれていました。)を有する債権者の申立てにより,裁判所が債務者を呼び出し,財産開示期日(非公開とされています。)において,債務者に自己の財産について陳述させる手続です。
しかし,裁判所から呼出しがあっても,出頭しない債務者も多かったようで,この制度には実効性に疑問があり,あまり利用されていませんでした(年間で1000件程度)。
そこで,以下のような改正がなされました。
◎申立権者の範囲の拡大
前述したとおり,財産開示制度を利用できる債権者の債務名義のうち,執行力のある債務名義の正本のうち,仮執行の宣言を付した判決,仮執行の宣言を付した損害賠償命令,確定判決と同一の効力を有する支払督促等は除かれていました。
改正民事執行法は,その制限を外し,債務名義を有する債権者はすべて財産開示制度を利用できるようになりました。
◎罰則の強化(刑事罰の導入)
旧民事執行法206条1項は,
「次の各号に掲げる場合には,30万円以下の過料に処する。
1 開示義務者が,正当な理由なく,執行裁判所の呼出しを受けた財産開示期日に出頭せず,又は当該財産開示期日において宣誓を拒んだとき。
2 財産開示期日において宣誓した開示義務者が,正当な理由なく第199条第1項から第4項までの規定により陳述すべき事項について陳述をせず,又は虚偽の陳述をしたとき。」
と規定していました。
しかし,「過料」は軽い行政罰にすぎず(軽い刑事罰である「科料」と区別するために「あやまちりょう」ともいいます。ちなみに,「科料」は「とがりょう」といわれます。),財産開示制度の実効性に不安をもたせるものといえました。
そこで罰則を強化し,上記の場合に,6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科せられるようなりました(改正民事執行法213条1項)。
このように,場合によっては,懲役刑まで科せられてしまうのですから,開示義務者にはかなりの心理的強制力が働くものといえます。
●改正民事執行法により新設された制度(情報取得手続)
② 不動産に関する情報取得手続(改正民事執行法205条)
債務名義を有している債権者等が裁判所に申し立てることによって,裁判所が登記所に対して,当該債務者が登記名義人となっている不動産を網羅した形で情報の提供を命じる手続です。
この手続によって,債務者名義の不動産の存在が明らかになれば,この不動産に対して強制執行することができます。
なお,この手続を利用するためには,まずは,①で述べた財産開示手続を経なければなりません。
③ 給与債権に関する情報取得手続(改正民事執行法206条)
養育費や婚姻費用等の扶養料債権,人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権についての債務名義を有している債権者が裁判所に申し立てることによって,裁判所が,市町村,日本年金機構又は厚生年金の実施機関に対し,債務者の給与債権の情報(勤務先の情報等)の提供を命じる手続です。
この手続によって,債務者の勤務先が明らかになれば,やはり,給与の差押えなどの強制執行をすることができます(給与額の4分の1の金額まで,又は,33万円を超える部分について差し押さえることができます。ちなみに,養育費や婚姻費用等の扶養料債権の場合は,給与額の2分の1まで差し押さえることができます。)。
この手続を利用するためにも,まずは,①で述べた財産開示手続を経なければなりません。
④ 預貯金債権等に関する情報取得手続(改正民事執行法207条)
債務名義を有している債権者等が裁判所に申し立てることによって,裁判所が銀行等の金融機関に対して,預貯金債権の存否,その預貯金債権が存在するときには,その預貯金債権を取り扱う店舗,その預貯金債権の種別(普通預金や定期預金等),口座番号,その金額といった情報の提供を命じる手続です。
この手続によって,債務者名義の預貯金の存在,その預貯金に関する情報が明らかになれば,この預貯金債権に対して強制執行をすることができます。
なお,この手続については,②の不動産に関する情報取得手続や③の給与債権に関する情報取得手続とは異なり,①で述べた財産開示手続を経る必要はありません。
●法改正の意義・今後の課題
今回の民事執行法改正によって,債権者が泣き寝入りをしなくてはならないケースは大幅に減ると考えられます。
とくに,子どもの養育費の未払い等で困っている人にとっては,非常に意義の大きい改正だと思います。
他方,低収入の債務者に対する給与の差押えが容易になることにより,債務者の生活を崩壊させる可能性が高まるのではないか等の課題もあります。
今後は,このような課題についても充分な議論をしていく必要があるでしょう。
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